本書概要
TITLE: スポメニック 旧ユーゴスラビアの巨大建造物
AUTHOR: ドナルド・ニービル (Donald Niebyl)
TRANSLATOR: 山崎 正浩
PUBLISHER: グラフィック社
FORMAT: 単行本(ソフトカバー)/ 208ページ
RELEASE DATE: 2021/04/08
本書は主に旧ユーゴスラヴィア(ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国)の各地に点在されるスポメニック(記念碑・モニュメント)の網羅的なデータベースとなっている。
インターネット上において、いわゆる巨大建造物のトピックで見かけた事もあるかもしれない。SF的で独特で巨大なスケール、とくにコスマイ・パルチザン部隊戦死兵慰霊碑やモスラビナ人民革命記念碑は映像作品においてもそのビジュアルの独特さから登場することがあり、特に有名なオブジェクトと言える。
本書は先述に上げた特に有名なスポメニックはもちろん、旧ユーゴスラヴィアに存在するスポメニック群を大量に知ることが出来る。


スポメニックとは
スポメ二ック:Споменик
旧ユーゴスラヴィアの地域に存在する独特の建築様式を持つ記念碑の総称となっているものの、現地の言葉で記念碑を意味するらしく、日本語においては単に記念碑としても差し支えなさそうだ。
とくに記念碑と言いつつも建築された場所や背景についえは先に上げた物でも慰霊碑であったりすることから察せられるように戦時中の犠牲や戦闘をたたえるという目的がある。
とくに、これらスポメニックが建設されている旧ユーゴスラビアは”七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家”と語られたこともあるような連邦国家だった。
クロアチア、スロベニア、セルビア、ボスニアヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ等構成国(自治州)は世界大戦中には互いに虐殺行為を行った事もある状態だった。
旧ユーゴスラヴィアが連邦国家として一つの国として成立する国家統一のナラティブを必要とし、その助けとして大量の記念碑群が生まれるに至ったという。
こうしたスポメニック群が誕生に至る経緯についても本書はその序文にページを割いてある程度詳しく説明してくれている。
本書の魅力―大量の巨大建築物と写真集に留まらない解説量
本書は邦題は”スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物”となっている。
原題”spomenik Monument Database” スポメニック モニュメントデータベース
国内においてはマーケティングの都合を感じさせるアオリと帯が付いて、写真集やデザインの本のような雰囲気が生まれている。
一方で本書の本質は旧ユーゴ圏における”スポメニック”が持つ文脈を知るための図録だと言える。
本書で紹介されるスポメニックの総数は目次で数えたところ81個もリストに記載されていた。ページ数は206ページ。
最低でも見開き2ページ程度ではあるが写真と解説が一つ一つのスポメニックに用意されている。
おそらく、網羅的にこれらの記念碑を解説した書籍はこれのほかには存在しないのではないか。
解説内容についても、スポメニック単位で大まかに以下の三項について解説されている。
スポメニックが建設された地域の歴史
多くのスポメニックは大戦中の出来事と密接にかかわっていることが多い。というかほぼすべてが戦争に関係している。
特定の部隊の記念碑はもちろん、戦闘の起きた地域や戦争中に重要だった地域に関係して建てられており、開設ではその部隊の戦歴や戦闘の経過や虐殺や処刑といった事件に触れられている。
スポメニックは地域におきた歴史と事件を記憶するための有形の歴史として残す為に作ったのだと分かる。
博物館の図録を眺めているような気分になるが、単にスポメニックは形が面白いだけではなく本質が何であるかまで掘り下げられている貴重な資料だ。
建設の経緯とデザイン
スポメニックは記念碑として作られているが、例えば国内において当サイトの閲覧者の方々がお住まいの地域で戦争の記念碑や地域の歴史記念碑で思い当たる物はあるだろうか? あまり印象に無いのではないか。
スポメニックが一部の建築ファンやオタクに巨大建造物として存在感を示す理由は歴史経緯よりもやはりデザインだろう。
本書では各スポメニックが建設に至る経緯(コンペやデザイナーについての話)とあわせてスポメニックが取り入れたモチーフや構成するデザインの要点や材質ついても触れられている。
歴史的な部分や旧ユーゴスラビアに思い入れが無くとも単に巨大建造物、スポメニックのデザイン的な特徴に惹かれるという人にとっても本書は魅力的な図録としておススメできる。
スポメニックの位置づけと状態
画像:バニヤ・コルドゥン人民蜂起記念碑
高さ37メートル、五層の建物。
もともとは会議場、図書館、読書室にカフェ、セルビアの戦闘に関わる資料館としての機能もあった。
ユーゴスラビア紛争で深刻な被害を受けており、本来は外板で覆われていたらしいものの、写真から分るように骨組みがむき出しになっている。
法律上複数の自治体の管轄下にあるが、誰も所有権や維持管理を受け入れるつもりが無く補修が進んでいない。
(本書”スポメニック 旧ユーゴスラヴィアの巨大建造物”にてより詳しい解説が為されている)
スポメニックは旧ユーゴスラビアの団結や結束のナラティブ、政治的な模索の中で生まれたものだが、その旧ユーゴスラビアは崩壊してしまっているし、その時に発生した紛争の影響は国やその地域の人だけでなくスポメニックも無縁ではいられなかった。
スポメニックによっては憎たらしい国家体勢の象徴でもある。
そのようなスポメニックの位置づけとは、要するに記念碑が建設された地域の社会にとってどのような存在になっているかという事であり、国家の解体、紛争を経たスポメニックが現在(著者が調査した時点の物にはなるのだろうが)どのような状態で地域に残されているかについての紹介が本書でなされている。
地域に残る文化財として現在も人が訪れ整備が行われているようなスポメニックのほか、破壊を経て補修が為された物、ほとんど忘れられたように朽ちるままにされた物まで様々な状態だと分る。
終わりに
建築物として魅力的なスポメニックの数々だが、その状態は日本国内における文化財と同じような立場にあるのかもしれない。
ともすれば身近に存在する国内の記念碑にも興味がわいてくる。
そして文化財の保存や継承についてはどこの国も同じような苦労がありそうだという面でもスポメニックには親近感が勝手に湧く
もっとも、日本においてはあまり特徴的なデザインの記念碑はそれほど多くないのだが。
日本において国の結束を象徴する建築物を探したとき、モニュメントよりもダムや橋といった生活に根差したインフラがその立場にあるかもしれない
最後に本書の批評を行うにあたって、内容は素晴らしいものの本書の体裁については残念というほかない。
これは流通やマーケティング上の制約として大前提としておく。
本書は本国版の体裁がハードカバーとなっていること、デザイン面においても表紙にサブタイトルの類はなく特徴的なゴシック体フォントでタイトルが描かれている事もあり、非常にカッコイイ。個人的な好みではあるものの国内版はやや体裁が残念と言わざるを得ない。
それを踏まえても国内でこの題材を扱った本書を日本語に訳し、出版された事については大変ありがたいと感じる。
現在も簡単に入手できる状態にあるので、興味があればぜひ手に取ってみると良いかと思う。
本当にスポメニックを取り扱った本としてこれ以上の書籍はなかなか無いだろう。
